2016年8月31日水曜日

カトラ山で最大級の地震 ― アイスランド


アイスランド南部にあり、同国で最大級かつ最も危険な火山の1つとされているカトラ山地図)が不穏な動きを示しています。

8月29日午前1時30分(現地時間)ごろからカトラ・カルデラ内で群発地震が始まり、その後、M4.5とM4.6の地震が発生しました。この規模の地震がカトラ山で発生するのは39年ぶりです。カトラ山の噴火間隔は平均約50年。最後の噴火からすでに98年が経過しています:

その後、地震活動は静穏化していますが、付近の河川で二酸化硫黄と硫化水素の濃度が上昇しており、住民は河川に近づかないように警告されています。今後、氷河が融解するなどして河川の水量が急激に増える危険性も指摘されています:

アイスランド中央部にあり、2014年夏から2015年春にかけて噴火を続けていたバゥルザルブンガ(バルダルブンガ、Bárðarbunga)・カルデラ(地図)でも、8月30日からM3.8を筆頭に地震が続発しました:

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9月に接近するキロメートル級小惑星


推定直径が1km以上の小惑星で、9月中に地球に接近すると予報されているものは1つです。かなり遠いところを通過するので、地球に影響をおよぼすことはありません:

小惑星 推定直径
(km)
接近日時
(日本時間)
接近距離
(LD)
250458 (2004 BO41) 0.7~1.6 9月7日 15:49 38.90
(1LD=地球から月までの平均距離)

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東海地震説から40年、予知信仰の崩壊


1976年8月に東海地震説がスクープ報道されてから40年。以下は、8月28日から30日まで、『中日新聞』に連載された記事です。

「国家プロジェクトとして研究できることに学会は色めき立っていた。政治家も便乗した。予知の科学的証明を待たずに78年、予知を前提とする『大規模地震対策特別措置法(大震法)』が成立」、「しかし、いまだに地震を予知する科学的根拠は見つかっていない」:

「予知の科学的根拠が明確に示されないまま、国は東海地震を特別扱いしてきた」:

最後にゲラー教授登場(写真に写るときにはもう少し背景を整理した方が良いのでは)。「(地震発生の)周期説が科学的に証明されたことは一度もない。南海トラフ巨大地震もまた、周期説に基づくシナリオの一つだ」、「(前兆現象の)観測事例は大量にあるが、どれも発生後にさかのぼって集めたデータで、地震との因果関係が認められたケースはない」、「一部の学者が国の予算を引き出す『打ち出の小づち』として『地震予知』という名目を使った。大地震もしばらく起きず、予知ができないことがばれなかった」、「うそだった。大震法を廃止して、けじめをつけるべきだ」:

その大震法にもとづく地震防災対策強化地域判定会が8月29日に開かれました。いつもの「東海地震に直ちに結びつくとみられる変化は観測していません」という文言に続いて、「7月25日から8月5日にかけて、三重県から愛知県西部のプレート境界付近を震源とする深部低周波地震(微動)を観測しています」、「7月26日から8月7日にかけて、三重県、愛知県及び静岡県の複数のひずみ観測点でわずかな地殻変動を観測しました」とのこと:

大震法を廃止したとたんに東海地震が発生するような気がしてなりません。

2016年8月30日火曜日

避難勧告、避難指示、警戒区域


知っておいた方が良いかも。避難勧告と避難指示には罰則なし。ただし、「正当な理由なく警戒区域から避難しないと罰則があります」:

雷や地響きのような音 ― 北海道札幌市


8月29日、北海道札幌市内で雷や地響きのような音が断続的に聞こえました。25kmほど離れた恵庭市にある陸上自衛隊の演習場(地図)で戦車の射撃訓練がおこなわれており、それが原因となった可能性があると自衛隊は認めていますが、「特別な弾薬などを使ったわけではなく、通常の訓練。仮に訓練が騒音の原因だとすれば、札幌まで響くのは珍しい」としています。当時は恵庭市から札幌市に向かって南東の風が吹いていたとのことです:

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近畿圏中心領域大型地震 (続報-110)


八ヶ岳南麓天文台の串田氏が8月29日17:30付で更新情報を出しています。前兆は依然として継続中、9月4日前後に地震発生あるいは新規極大出現の可能性:

更新情報のまとめです ――
  • これまでの推定

    • 7月26日=初現、8月9.0日=極大として、8月28日±に前兆終息、9月3日±に対応地震発生の可能性
    • 火山帯近傍地震前兆からも9月3日±が推定日(群発経験則)

  • 現状 ― 第17ステージと認識

    • 8月29日夕刻現在、残存している前兆は八ヶ岳のCH20とCH21の特異状態のみ。CH20は微弱。
    • 8月9日極大に対する前兆は終息したもよう → 9月4日±を示す。
    • 火山性前兆には9月2日、3日±を示す関係が複数みられる。

  • 高知観測点の状況 ― 小極大出現

    • 8月25日午後~26日午後にK10に顕著な特異状態が出現。ただし、機器障害のため欠測があり、初現は不明。
    • 8月26日~27日にはK1に顕著な特異状態が出現。
    • 8月29日夕刻現在、K1とK10はともに正常状態。

  • CH20とCH21が完全終息していない理由 ― 2つの可能性

    1. 8月26日に小極大が出現した影響。この場合、9月2日に前兆終息、9月4日に地震発生の可能性。
    2. 9月4日±は地震発生日ではなく、新たな極大または前兆の出現日である可能性。

  • 推定

    • 9月2日夜までに八ヶ岳CH20とCH21の前兆が終息した場合 → 9月4日または5日に地震発生。
    • 9月3日段階で八ヶ岳CH20とCH21の前兆が継続している場合 → 9月4日±の地震発生は否定、新規極大または新規前兆が出現。

    • 9月4日または5日に地震発生の場合、火山性前兆の群発経験則と調和的であるので、噴火に至らず群発的に大型地震が発生とする方が考えやすい。
    • 9月4日±に対応地震発生がなく、前兆が継続している場合は、再考の上、続報。

推定時期 9月4日または9月5日
ただし、新規前兆出現の場合は、地震発生はさらに先になる。
推定時刻 午前9時±1時間(または午後6時±3時間)
推定震央領域 更新情報の地図参照
推定規模 M7.8 ± 0.5 陸域の浅い地震


串田氏の地震予測についてお知りになりたい方は、同氏の著書(『地震予報』、PHP新書 833)か以下の資料をご覧ください:


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2016年8月29日月曜日

大西洋中央海嶺で M7.1


このブログの過去記事 2011年8月12日付「アセンション島で地震連続」へのアクセスが急増したので気づきました。

8月29日午後1時30分ごろ(日本時間)、大西洋中央部アセンション島(地図)北方の海域で M7.1(気象庁はM7.4と発表)、深さ約10km の地震が発生しました(震央地図)。アフリカ大陸と南米大陸の間に伸びるロマンシュ断裂帯(概略地図)で、右横ずれトランスフォーム断層が動いたことに起因する地震です:

震央はアセンション島の北北西約950kmです。目標の少ない大西洋の真ん中ですので、震央の位置を示すのに、こんなに遠くの島を引き合いに出さざるを得ないようです。

以下は USGS の〝Tectonic Summary〟からの抜粋です:
  • この地震の震源付近では、ヌビア(アフリカ)プレートと南米プレートの間が、1年におおよそ 29mm の速さで開いている。

  • ロマンシュ・トランスフォーム断層では、中規模や大規模な地震が珍しくない。今回の地震の震央から250kmの範囲内では、過去1世紀間に M6.5からM6.8 の地震が6件発生している。今回の地震と同一の断層沿いで発生したとみられる。

  • そのうちの最大であるM6.8の地震は、今回の地震発生の43年と1日前、すなわち1973年8月28日に、今回の震央から南西に約30kmの地点で発生した。

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巨大なキノコ雲 ― ロシア


8月28日、シベリア西部ケメロボ州地図)で核爆発のキノコ雲と見まがう巨大な積乱雲かなとこ雲)が目撃・撮影されました:
  1. Giant mushroom-shaped cloud scares locals in Siberia (写真、動画あり)
  2. Spooky mushroom cloud has locals fearing a nuclear bomb (写真、動画あり)

記事(1)の末尾の写真は、7月18日に米国アリゾナ州フェニックスで撮影されたダウンバーストです。核爆発のキノコ雲にそっくりです。以下は見かけが似ている雨柱の写真です:

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人を殺して地震を断つ


1970年から1973年にかけて、カリフォルニア州サンタクルーズ市(地図)とその周辺では、3つの大量殺人事件が相次いで発生していました。そのうちの1つは、人を殺せば地震の発生を防ぐことができるという犯人の特異な妄想が際立っていました:

以下は上記記事の主要部分をテキトー訳したものです:
サンフランシスコ市の住民は、かつて同市が大地震によって壊滅的被害を被ったことを知っているし、同じようなことが今後ふたたび起こりうることも承知している。しかし、いつ次の大地震〝Big One〟が起きるのかは謎のままである。

1972年の終わりごろ、ルーベン・グリーンスパン(当時67歳)は、アリゾナ砂漠にあった昔の予言者のような彼の隠棲場所から出てきて、「サンフランシスコは1973年1月4日午前9時にサンアンドレアス断層沿いで発生する大地震によって崩壊する」と予言した。グリーンスパンはグリニッチビレッジ出身の数学者で、1930年代以降、地震を予知することに何回か成功したという実績を持っていた。その予知方法は、月、太陽、星の地球に対する相対的な位置と潮汐のデータを照らし合わせるというものであった。

カリフォルニア大学バークレー校地震観測所の所長、ブルース・A・ボールトはグリーンスパンの予言を「たわごと」と呼び、サンフランシスコ・クロニクル紙のコラムニスト、ハーブ・カーンはこの不吉な予言者を、ざらにいる「ペテン師、いかさま師、嘘つき」の一人と非難した。カーンはサンフランシスコ市民が同市のことをフリスコと呼ぶのを止めさせることには成功したが、1972年が終わりに近づくにつれて市民がパニックに陥るのを止めることはできなかった。(大手保険会社の)ステート・ファームは地震保険の売り上げが増加したと報告し、サンフランシスコ湾岸地域の住民の中には、念のために市外への避難を計画する者もいた。

サンタクルーズ市近くのカリフォルニア州フェルトンに住んでいたハーバート・マリン(当時25歳)は、近づいてくる災害を防ぐ計画を持っていた。その計画の中には多くの人々を殺害することが含まれていた。

マリンは後日、次のように説明している ―― 「世界の歴史が始まって以来、われわれ人類は人を殺すことによって、地殻が激変するような大地震からわれわれの諸大陸を護ってきた」、「言い換えれば、小さな自然災害は大きな自然災害を予防するのだ」。

1972年10月13日、サンタクルーズ山脈中の人里離れた道路で、マリンはローレンス・ホワイト(当時55歳)を野球のバットで撲殺した。その11日後、マリンはヒッチハイキング中だったカブリリョ大学の学生、メアリー・ギルフォイルを自分の車に乗せた。マリンは彼女の胸と背中を刃物で突き刺し、遺体を山の中に遺棄した。数ヶ月後に遺体が発見されたときには腐敗が進んでおり、検死官は殺人か否かを判別できなかった。

1972年11月2日、マリンは、ロスガトス市内の教会の懺悔室から出てきたアンリ・トメイ神父を刺殺した。トメイは第二次世界大戦中、フランス・レジスタンスとともにナチスと戦った経歴の持ち主で、マリンのこれまでの犠牲者よりも手強かった。胸を刺された後も、トメイはナイフを取りあげようとして格闘し、その最中にマリンの耳のあたりを蹴っていた。マリンはナイフを取り戻すと、神父を死ぬまで刺し続けた。トメイが殺害されたのは万聖節(ハロウィーンの翌日)の当日であったため、報道機関は悪魔崇拝のカルト教団の仕業ではないかと憶測した。

マリンが生まれたのは1947年4月18日で、1906年のサンフランシスコ地震から41周年の記念日に当たっていた。アルバート・アインシュタインは1955年のこの日になくなっている。後にマリンは、この日に生まれたことがベトナムで戦死する運命から彼を超自然的に護ったと信じるようになる。マリンの幼少期のしつけは比較的普通のものであったが、高等学校卒業後のあるときから「声」が聞こえるようになったという。20歳代の半ばまでには、「声」は彼に「殺せ」と告げるようになっていた。

最初の殺人を犯す前、マリンはカリフォルニアとハワイの精神病院で入退院を繰り返していた。精神科医は彼を重度の妄想型統合失調症であると診断した。日増しに高まる彼の不穏な行動を無視できなくなった両親は彼を収容してくれる施設を捜したが、当時のドナルド・レーガン州知事の度を超した予算削減指向によってカリフォルニア州の精神医療システムはすでに疲弊しきっていた。マリンは自由に出歩くことができ、投薬治療を受けることもなかった。1972年12月には、まったく何の問題もなく22口径の拳銃を手に入れることさえできた。

大地震が起きると予言されていた1月4日になり、さらにその日が過ぎても、サンフランシスコが崩壊して海に沈むことはなかった。予言をしていたルーベン・グリーンスパンは、自分の計算が間違っていたと語った。マリンは自分の殺人活動が効果を現している(地震を防いでいる)と確信し、殺人を続けた。

1973年1月25日、マリンは5人を殺害した。もっとも若い犠牲者は4歳のデーモン・フランシスだった。マリンは後に、犠牲者たちはテレパシーを通じて殺していいよと彼に告げていた、と主張した。

1973年2月6日、ヘンリー・カウエル・レッドウッズ州立公園内の臨時のキャンプ場で、マリンは偶然出会った若者4人を射殺した。マリンは犠牲者の所持品の中にライフル銃かあるのを見つけ、後に必要になるかも知れないと考えてその銃を自分のステーション・ワゴンに積み込んだ。

1週間後、マリンは両親の家にたくさんの薪を届けることになった。その時、父親の「声」が聞こえた。「薪を届ける前に、私のために誰かを殺してくれないか。」 マリンはその求めに応じて、キャンプ場の犠牲者から奪ったライフル銃で72歳のフレッド・ペレスを射殺した。ペレスを殺害した後、マリンは彼の青色のシボレー・ステーション・ワゴンにもどり、薪を届けるために両親の家に向かって冷静に車をスタートさせた。警察が彼を逮捕したのはその数分後のことだった。

マリンは13人の殺害を自供し、終身刑の判決を受けました。

2016年8月28日日曜日

ラクイラ地震とプレートテクトニクス (改訂版)


この記事は2009年4月21日付の同名記事を改訂したものです。今年8月24日にイタリア中部で M6.2 の地震が発生して以降、当該記事へのアクセスが増えていましたが、記事中のリンク先がサイトの引っ越しやコンテンツの削除などによってほとんどがリンク切れの状態になっていました。それらの不具合を解消し、文章を若干手直ししたのがこの改訂版です。

(2009年)4月 6日にイタリアで発生した M6.3 のラクイラ地震については、日本でもいろいろ報道されています。しかし、この地震がどのようなテクトニクスによって発生したのか、明確に説明した報道はなかったように思います。たとえば、朝日新聞が 4月 7日朝刊に掲載した記事では、次のように書かれています:
北西-南東方向に延びる断層面を境に、地面が両側に引っ張られる正断層型とみられる。

イタリア半島は、すぐ南の地中海で、アフリカプレート(岩板)が北上してユーラシアプレートに衝突し、内陸部にひずみが蓄積されている。

さらに、この一帯では、より細分化された「マイクロプレート」と呼ばれる塊がひしめき合っている。このため、さまざまなタイプの地震が起きることが知られている。
アフリカプレートとユーラシアプレートが衝突し、互いに押し合っている地域で、内陸部にひずみが蓄積されているという点までは良いのですが、そのような場所で「地面が両側に引っ張られる正断層型」の地震が起きたのはなぜでしょうか。記事では、「『マイクロプレート』と呼ばれる塊がひしめき合っている」からだと説明していますが、これですんなり納得できる読者はどの程度いるのでしょうか。記事を書いた記者本人も、この地震の発震機構についてよくわかっていないのではないでしょうか。

少し詳しいプレートテクトニクスの教科書などで地中海地域のテクトニクスを調べると、ユーラシアプレートとアフリカプレートの間の非常に込み入った境界を示す図や、この地震の発震機構につながる説明があるのですが、ネット上でわかりやすい説明はなかなか見つかりません。そんな中で、エジンバラ大学の地質学者が自身のブログに簡潔な説明を載せていますので紹介します(所属大学は執筆当時のものです):
上記ブログ記事の内容を説明する前に、イタリア周辺の基本的な地名について書いておきます。長靴の形をしているイタリア半島ですが、その付け根を取り囲むように屹立しているのがアルプス山脈、イタリア半島の中央部を北西から南東に向かって貫いているのがアペニン山脈です。今回の地震はこのアペニン山脈で発生しました。長靴(イタリア半島)のつま先で蹴飛ばされている小石のように見えるのがシチリア島、長靴の脛(すね)に向かい合っている2つの大きな島は、南側がイタリア領のサルデーニア島、北側がフランス領のコルシカ島です。これら 3つの島とイタリア半島に取り囲まれている海がティレニア海、長靴の底に面しているのがイオニア海、そして、長靴のふくらはぎ側に面しているのがアドリア海です。

上記ブログ記事には 3つの図が掲載されています。これらを上から順番に図1、図2、図3と呼ぶことにします。

図1 は、1981年から2002年の間に発生した地震の分布図です。記事によれば、ほとんどがアペニン山脈沿いで発生する震源の浅い小規模地震で、マグニチュードは最大でも 5、しかし過去 100年間では マグニチュード 6以上の地震が 9件発生しているとのことです。米国地質調査所(USGS)版の分布図は以下にあります:
図2 は、今回の地震の発震機構を示す震源球を簡略化して描いたものです。実際の発震機構を描いた図は以下にあります。計算に使う観測データや計算方法によって微妙な差がありますが、本質的な差はありません:
いずれの図を使うにせよ、これらの図からわかることは、今回の地震が正断層型であり、断層の走向はおおよそ北西-南東の方向、断層を動かした力はそれと直交する北東-南西方向の張力ということです。この張力はアペニン山脈と直交する方向に働いています。

発震機構を示す図の見方については、以下の気象庁のページにわかりやすい説明があります:
いよいよ本題の図3 の説明になります。記事から引用・意訳します:
なぜアペニン山脈で伸張応力による拡張が起きているのだろうか。地中海西部のテクトニックな歴史は、実のところ非常に込み入っている。アフリカとヨーロッパのプレートが動くことによって、その間にあった大きな海洋の最後の部分は、沈み込みによってほとんど破壊されてしまった。現在この地域にある海洋地殻は、最近 4000万年程度の間に背弧海盆の拡大によって新たに形成されたものである。現在の両プレート間の衝突境界(衝上断層と海溝)は、図3に赤い線で示されているように、イタリア半島の東岸と南東岸からシチリア島を経て、北アフリカまで延びている。この衝突境界は、赤い矢印で示してあるように、ヨーロッパから離れるように南方向と東方向に移動している。この移動によって上盤側(ヨーロッパ側、つまりイタリア半島)の地殻は引き伸ばすような力を受けている。

地理的に広い範囲で見れば、2つのプレートは衝突している。しかし、局地的なレベルでは、ティレニア海という背弧海盆が南西方向に拡大しており、この拡大がイタリアのテクトニクスの主要な原動力となっている。このため、アペニン山脈を形成した衝上断層は、現在では伸張応力に駆動される正断層として再活性化されている。残念なことだが、この衝上断層から正断層への転換によって地震の被害が軽減されることはない。
図3と同じようなプレート境界線は、日本で出版されたプレートテクトニクスの書籍でも見かけますので、大方の支持を得ている定説とみなして差しつかえないと思います。もちろん、研究者によって多少の差異はあります(たとえば、境界線がシチリア島の北岸を通るのか、南岸を通るのか、あるいはシチリア島を横断しているのか、など)。

背弧海盆とは、日本海やオホーツク海のように島弧と大陸の間にある(海溝側から見て島弧の背後にある)海のことです。背弧海盆は海洋性の地殻をもっています。また、多くの背弧海盆は、海嶺の両側で見られるような地磁気の縞模様をもっているので、拡大しているか、かつて拡大した時期があったと考えられています。

長くなりましたので、背弧海盆はなぜ拡大するのか、海溝のそばでなぜ正断層ができるのか、海溝はなぜ後退するのか、地中海東部と西部のテクトニクスの違い、などについては別途書こうと思っています。また、地中海地域のテクトニクスを造山帯の崩壊過程ととらえる考え方もできれば紹介したいと思っています。

Image Credit: U.S. Central Intelligence Agency


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