2009年10月14日水曜日

不吉な大統領

昔から中国や日本では、天災や疫病が続くと「御政道が正しくおこなわれていないから」というようなことが言われました。政治を正すために天(天帝)が意思表示として災厄を下しているという考えです。それが実際に革命につながることもありました。
天命が革(あらた)まること。天命をうけた有徳者が暴君に代って天子となること。易姓革命。[広辞苑]
地震、津波、火山噴火、伝染病や人災(いまだに止まらないジャワ島での泥火山噴出など)が続くインドネシアでは、迷信深い人たちの間に、現在のユドヨノ大統領が原因だとの見方がある、と以下の記事(イギリス・テレグラフ紙)は伝えています:
ユドヨノ氏が大統領が就任したのは 2004年 10月です。その就任から間もない 12月、インド洋大津波を引きおこし 22万を超える人たちの命を奪ったスマトラ島沖大地震(M9.3)が発生、その後もさまざまな災厄が途切れることなく続いています。

以下は記事の概略です:
スシロ・バンバン・ユドヨノは、そのイニシャル SBY の方がよく知られているが、彼の誕生日が暗示する「宇宙的な災難」の影に長らく苦しめられてきた。

2004年に彼が選出されて以降、天災と人災が続いている。その中には、アジアの広い範囲で 22万人を超える人命を奪ったインド洋大津波も含まれる。彼のイニシャル SBY は、現地の言葉で “Selalu Bencana Ya” (いつも災い)の意味だと皮肉られている。

数字の「9」は多くの人が不吉だと考えている。彼の誕生日 1949年 9月 9日。最近の大災害は、彼の星回りが悪いことの証明だと多くの人が見なしている。

野党のベテラン政治家で現役のシャーマンである Permadi 氏は、「SBY は、『Primbon』(神秘主義にもとづくジャワの暦)によると、その誕生日が原因で常に災いをわが国に引き寄せている」、「彼の誕生日の数字を見てみるといい。49年の 9月 9日で非常に不吉だ。彼が権力を手放さないかぎり、さらに大きな災い(複数)が起きることだろう」、「ユドヨノが大統領職にとどまるかぎり、より大きな災いが首都ジャカルタを襲うだろう」、「SBY が寛大な心を持っていれば、自ら退陣するはずなのだが」と語っている。

最大級の発行部数を持つ英字紙『ジャカルタ・ポスト』でさえも、災厄と政治家たちの浪費の関連を、日曜版の「神は怒っているに違いない」と題する記事で指摘している。その記事には次のように書かれている ―― 読者が神学的な解釈と世俗的な説明のいずれに同意するにせよ、1100人を超える死者を出した M7.6 の地震は、新たに選出された下院議員と Regional Representative Council(上院?)のメンバーたちのために、数十億ルピアをつぎ込んでジャカルタでおこなわれる就任式の前日に発生した。

インドネシアのメディアは、地震の後に現れた神のシンボルについて伝えている。それらは、虹に囲まれたリング状の太陽や、雲の中にアラビア文字で刻まれた神の御名であった。
日本の歴代総理大臣の誕生日に、ユドヨノ大統領と似たパターンがないか、ざっと調べてみました。「9」がそろっている首相は見あたりませんでした。『昭和 57年浦河沖地震』(M7.1)当時の鈴木善幸首相が「1911年(明治 44年) 1月 11日」、阪神大震災(M7.3)当時の村山富市首相が「大正 13年 3月 3日」なのが目についた程度です。現在の鳩山由紀夫首相は、昭和 22年 2月 11日生まれとのことです。

上記『ジャカルタ・ポスト』紙が伝えている、議員たちの就任式典やパーティーに多額の費用が使われている件、本当に腹立たしい思いです。9月 30日のスマトラ島沖の大地震に対しては、国際機関や国内の組織が募金を始めています。多額の費用を投じて全国紙に募金の広告を出しているところもあります。しかし、善意の募金のどれほどが実際に困っている被災者に届くのか、私は大いに疑問に思っています。これまでの開発途上国での大災害に対する募金では、先進国の国内で人件費や事務経費などの名目でかなりの部分が差し引かれ、被災現地では腐敗官僚や地元の有力者によるピンハネが横行しているため、実際に困窮している被災者に届くのは、募金額の数パーセント程度という報道もあります。

2004年のインド洋大津波では、大量の義捐金や外国政府の支援がインドネシアに届けられました。その後、1~2年前のことだったと思いますが、被災した地域の行政機関が、援助金が余ったとして、地震と津波の記念館(博物館)を建設したという報道がありました。しかし、実際には復興していない地域が残っており、復興したという地域でも、人びとは以前と変わらない耐震性の全くない住宅を再び建てて住んでいる有り様です。(話しがだいぶそれてしまいました。この募金や海外支援の話は長くなるので、いずれ稿を改めて詳しく書きたいと思います。)