2009年1月3日土曜日

新しい地震予知の手法 (増補版)

昨年5月10日に『新しい地震予知の手法』と題した投稿を、「宏観休憩室 地震前兆研究村」という掲示板におこないました。さらに詳しい投稿をしようと原稿を準備していたところ、5月12日に中国で四川大地震が発生し、そちらに集中するため、用意していた原稿は投稿せずお蔵入りとなっていました。そのままにしておくのももったいないので、増補版としてこのブログに掲載することにしました。

昨年5月10日の投稿では“shear-wave splitting”(横波の分割)という英語をそのまま使いましたが、「S波異方性」あるいは「S波偏光異方性」という訳語があるようです。ここで言う「S波」は、P波・S波(primary wave / secondary wave)というときの後者を指していますが、たまたま“shear-wave”の省略形にもなっています。

イギリスと中国の地球物理学者のチームが、従来のアプローチとは異なる角度から地震波を分析することによって、地震予知を可能にする手法を発表した、と科学誌ネイチャーのサイトが伝えています:
上のURLにあるネイチャーの記事は、無料では冒頭の部分しか読めません。類似の記事で無料で読めるものは以下にあります:
以下は、上記ネイチャーの記事の概略です:
イギリスと中国の地球物理学者たちからなるチームが、地震観測に新しいアプローチを行っている。そのアプローチによれば、地震の発生時刻、規模、そして条件が整っていれば発生場所も予報することが可能になる。このチームが提示した証拠によると、小規模の地震では 1時間前に、大規模な地震であれば数ヶ月前に警報を出すことができる。

研究チームのリーダー(イギリス・エジンバラ大学 )は次のように述べている ―― 重要なポイントは、特定の断層に注目するのをやめて、より広い視野を持つことである。断層そのものは、正確な地震予報をするために必要な情報を提供してくれない。必要な情報は断層の周囲数百キロメートルの範囲の応力を観察することによって得られる。

地震予知の研究といえば、これまでは、地震発生源を調査するか、地震発生の統計的パターンを見つけようとすることだった。そのような研究が 120年間続けられてきたが、うまくいっていないことは明らかだ。「予知」といえばそれらの古いアプローチがイメージされてしまうので、研究チームでは彼らの新しい方法を「応力(ストレス)予報」と呼んでいる。

応力(ストレス)マッピング

新しい方法では「S波異方性(shear-wave splitting)」と呼ばれる現象を利用する。地震波のうち、横波である S波は、岩石を通過するときに 2つの成分、すなわち、岩石中の微小な亀裂に平行な成分と垂直な成分に分かれる。二つに分かれた波は伝搬速度が異なるため、地震計に到達するまでの時間に差が生じる。

岩石中の微小な亀裂の方向は、その岩石を含む地殻の応力(ストレス)を反映する。応力が増加するほど、亀裂の方向がそろい、それにともなって S波の 2成分の到達時間の差が大きくなる。

これまで、研究者は地震地帯の歪みの蓄積の度合いを、人工衛星から地表の動きを観測した地図で間接的に測ってきた。しかし、このような方法では地震が発生するような地下深くの場所の応力(ストレス)の変化については大ざっぱな情報しか得られなかった。応力については、断層で直接計測・監視することも行われてきたが、そのような局地的なデータでは、いつ、どこで断層の滑りが発生するのかわからなかった。局所効果はカオス的であり、予測できない。しかし、もっと広い範囲での応力の変化を監視すれば、このような予測不可能性は払拭できる。

パターンを見いだす

1999年10月、アイスランド南西部にある地震観測所が、S波異方性による時間差が増加していることを報告してきた。この変化はその 4か月前に発生した M5.1 の地震の前に観測されたものと類似していた。研究チームでは、同一規模の地震が間もなく発生するか、M6 規模の地震が 3か月以内に発生すると予報した。そして、3日後に M5 の地震が発生した。

この経験により、S波異方性が重要な情報を提供している可能性があるというヒントになった。さらに研究を続けた結果、S波異方性を詳細に監視すれば、発生時刻、規模、発生場所の 3要素をより精確に予報することが可能である、と断言できるようになった。

研究チームでは、震源の位置については他の要素から推定できると考えている。他の要素とは、地震発生の数時間から数週間前に、どこでどの程度のS波異方性による時間差の変化が急速に低下しているかという情報などである。
このような変化は、地震発生前に小さな亀裂がより大きな亀裂に成長していく際の歪みの解放によって起こっている可能性がある。

さらにデータが必要だ

カリフォルニア大学デービス校の地球物理学者で、過去に起こった地震の統計的パターンによって地震を予測する研究に携わっている John Rundle 氏は今回提示された新しい方法について次のようにコメントしている ―― どんな新しい方法も、その有効性が明らかになるまでもっと多くのテストが必要だ。

地震予知が不可能ではないと考えるに十分な理由がある。しかし、その研究を岩石の基本的な力学からスタートすると、大変な困難に遭遇する。地震に関与する岩石の性質についてはわずかしかわかっておらず、非常に多くの変数が存在する。これについて研究チームのリーダーは、自分たちの方法は岩石そのものの力学ではなく、地震に関わるシステム全体の力学を対象にしていることで回避できている、と述べている。

実用化するには

今回の新しい方法を実用化するにはいくつかの障害がある: 地震地帯で発生する小さな地震から得られるデータをより頻繁かつ一貫性をもって集める必要があること。油田の調査に使われる人工的な地震を発生させる装置は、そのようなデータを与えてくれるが、費用がかかる。地震の人工的発生源と観測装置の双方は地中に設置しなければならないが、そのための費用も必要である。

ある地点から 400km の範囲内の被害地震を監視するための応力監視サイトを設置するには 400万から1000万ドル必要である、確かに大がかりだが、それによって予知が可能になることは、多くの証拠が示している、と研究チームのリーダーは語っている。
この方法による予知を実施するに要する費用の問題については、日本では事情が異なると思います。日本では、世界に類を見ないほどの密度で高精度の地震計が設置されているので、上記の研究チームのリーダーが述べているほどの金額は必要ないのではないでしょうか。

S波異方性による地震予知については、日本でも以前から研究されているようです: